ひょんなことから今回のお題を頂いた。
きっかけは、胃がんを克服されたブロガーいずみ様のページを通じて代替医療を紹介しているとあるサイトを見たことだ。
サイトの内容を要約すると、
- 50年遅れの治療である三大治療(手術・抗がん剤・放射線治療)を標準治療として推進する日本は死亡率が上がり続けているが、標準治療を止め代替医療に積極的に取り組んでいるアメリカはがんの死亡率が下がっている。
- 三大治療は命を縮めるだけであり、そのサイトで紹介している複数の代替医療は安全で効果がある。
というものだった。
上記のような標準治療に対する不安を煽りつつ、がん患者にとって魅惑的なフレーズが散りばめられた代替医療を紹介するサイトはネット上で多数見受けられる。
その一方で、そのようなサイトで代替医療のデメリットもきちんと併記しているところは極めて少ない。
ほとんどの場合、患者さんの不安を煽って高額な民間療法や代替医療へと引き込むビジネスなのでデメリットを明記しないのは当然ともいえる。
がんになれば多くの人が一度は代替医療を考えると思うが、はっきり言えば、標準治療を否定し代替医療へと誘導しようとするサイトの甘い言葉に乗ってしまうと、取り返しのつかない事態になってしまう可能性が高い。
耳障りの良い言葉だけでなく、科学的観点からどのようなことが言えるのかをよくご理解頂き、代替医療に傾倒しないでいただきたいと思っている。
そこで今回は、上記サイトが主張する、
- アメリカとは対照的に日本のがんの死亡率が上がっているのか
- 代替医療は標準治療よりもがん患者の生存率を改善するのか
という2点について科学的根拠に基づいて解説していきたい。
目次
がんの死亡率はアメリカは下がり、日本は上がり続けている?
粗死亡率で見ると
まずは、以下の図をご覧あれ。
これは国際がん研究機関(IARC)が公開している各国のがん患者の死亡率のデータからアメリカと日本を並べた図だ。(IARCのサイトで作成できる)
- 縦軸が死亡率、横軸が年代
- 赤と緑の線が日本、青とオレンジがアメリカだ。
男女別になってはいるが、これに近しい図を見たことのある方も多いだろう。
日本はがんの死亡率が上がっているということを示すのによく使われているデータだ。
この図は、粗死亡率といって、一年間のがんの死亡数が人口10万人中どのくらいの割合かを見ている。
これを見ると、日本は右肩上がりでアメリカはそうでもない。
これが、アメリカは死亡率が下がり、日本は死亡率が上がり続けていると言われる所以だろう。
粗死亡率の注意点
日本は粗死亡率において上昇傾向なのは事実だが、ここで気をつけなければいけないのは、粗死亡率は単純に死亡数をその年の人口で割り算しているだけという点だ。
分母である人口の年齢構成は同じ集団(国)でも年によって変化するし、もちろん国ごとに違う。
さらに言えば、高齢者はがんになりやすく、死亡する率も高くなるため、分母における高齢者の割合は結果に大きな影響を与える。
これが日本の粗死亡率を考える上で非常に重要なポイントになる。
超高齢化社会が急速に進んでいる日本は分母に占める高齢者の割合が増えているため、必然的にがん死亡率も上がってしまう。
また、外国との比較に目を向けると、日本ほどの高齢化社会ではなく出生率も日本よりずっと高いアメリカとでは人口構成が異なるため、この粗死亡率では単純に高いのか低いのか比較できない。
年齢調整死亡率で見ると
通常、違う国との比較や年次変化を見る場合には、上述した年齢構成の影響を除くため、年齢調整死亡率というもので見る。
それがこの図になる。
いかがだろうか。
日本もアメリカも概ね1990年代をピークに同じように死亡率は減少傾向だというのが見て取れるだろう。
以上から、
- 日本では人口に占めるがんの死亡率は高いが、それは高齢化の影響が大きいためであること
- 治療の進歩やがん対策の効果が読み取れる年齢調整死亡率については日本もアメリカも減少していること
をまず認識する必要がある。
がんの三大治療は患者の生存率を下げ、代替医療は生存率を上げるのか?
さて、今回のエントリーのもう一つのテーマ。
標準治療とされる手術や抗がん剤、放射線治療はがん患者の生存率を下げる一方で、代替医療は生存率を改善するのだろうか。
それに対する一つの答えとして、2017年にアメリカのエール大学のグループから報告された研究を紹介したい。
標準治療を受けずに代替医療だけを受けた人の生存率は低く、死亡率は高い
この研究では、がんの標準治療だけを受けた患者と代替医療だけを受けたがん患者の5年後の生存率と死亡リスクについて比較検討している。
その結果、標準治療だけの人は5年後も78.3%が生きているのに対して、代替医療だけの人は54.7%にとどまることが示された。
さらに、死亡リスクについては、代替医療だけの人は標準治療の人に比べて2.5倍高くなることが明らかとなっている。
この結果は、ステージ4ではない、乳がん、前立腺がん、肺がん、大腸がんの患者さん840人(代替医療のみを受けた280人と標準治療のみの560人を比較)から得られたデータであるが、乳がんや前立腺がんといったがんの種類別に解析しても5年後の生存率について代替医療が標準治療を上回ったがんはなかった。
この結果は、少なくともステージ3以下のがんにおいて標準治療の代わりに代替医療を選ぶべきではないことを明示している。
ちなみに、この論文の著者のコメントによれば、効果がないまたは効果が証明されていない代替療法のみを受けてきた進行がんの患者さんが病院にたくさん来るのを目の当たりにしたことがこの研究を始めたきっかけだ、とのこと。
アメリカは代替医療に切り替えたから死亡率が下がったなんて話は大嘘なのである。
参考文献
Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival
Johnson SB, et al. J Natl Cancer Inst. 2018 110 (1) p.121–124
Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival | JNCI: Journal of the National Cancer Institute | Oxford Academic
まとめ
日本のがんの死亡率が高いのは高齢化の影響が大きく、その影響を除いたがんによる死亡率は減少傾向にある。
また、アメリカと比べて死亡率が増えているわけでもない。
少なくともステージ3以下のいくつかのがんにおいては、生存率の点で代替医療が単独で標準治療を上回る可能性は低く、代替医療を優先するメリットはない。
代替医療については、今後も色々な側面から不定期に取り上げてみたいと思う。