以前、乳がんに対するホルモン治療の副作用として生じる脱毛症(抜け毛・薄毛)の特徴とその対処法についてご紹介した。
今回は乳がんホルモン療法における副作用対策シリーズ第三弾として、関節痛について取り上げたいと思う。
目次
乳癌ホルモン療法の副作用としての関節痛
どんな症状が生じる?
関節痛の代表例としては、以下のようなものが挙げられる。
手のこわばり(ばね指)
- 手の指の付け根を推すと痛みを感じ、指を動かすと引っ掛かりスムーズに動かない。
- 症状は朝が最も酷く、日中に関節を動かし始めると症状が軽快することもしばしば。
肩の痛み(肩関節周囲炎:五十肩)
- 肩の痛みと共に肩がうまく動かなくなり、動かせる範囲が狭まってしまう。
- 肩を動かす際に痛む他、動かさなくとも痛む場合もある。
- 自分の思った通りに腕が上がらなかったり後ろに回せないため、髪を後ろで結ぶことが難しくなるなどが典型的な自覚症状。
他の関節の痛み(膝や手首、足首、腰など)
- 痛みに加えて、手から物を落としやすい、扉が開けにくいなど握力の低下として自覚する場合も。
関節痛が起きやすいのはアロマターゼ阻害薬
エストロゲン受容体陽性の乳がんに対する術後の治療薬としては、タモキシフェンまたはアロマターゼ阻害薬が標準治療として確立しており、5-10年服用することになる。
基本的には閉経しているか否かによって使用する薬剤は変わり、
- 閉経前の場合はタモキシフェン(先発薬名ノルバデックス)
- 閉経後の場合はアロマターゼ阻害薬(アナストロゾール,レトロゾール,エキセメスタン)
となるわけだが、今回の主題である関節痛や手のこわばりといった副作用が特に起こりやすいのはアロマターゼ阻害薬を服用している場合となる。
なぜアロマターゼ阻害薬では関節痛が起きやすいのか?
女性ホルモンとして知られるエストロゲンは、
- 関節における軟骨の強度の維持
- 関節の炎症の抑制
- 筋肉や腱においては筋力の維持
などをしていることが知られており、関節の正常機能を維持する上で重要な働きをしている。
そのため、エストロゲンの量が減ってしまうと関節の健康を維持することが難しくなるわけだが、アロマターゼ阻害薬はエストロゲンの合成を止めてしまう薬剤であるため、同薬剤を服用している閉経した女性ではエストロゲンが極めて低い状態となっている。
その結果、関節痛などの症状はかなり高頻度に生じることになる。
閉経の前後でエストロゲンの合成方法が変わり、閉経後は脂肪組織においてアロマターゼという酵素が男性ホルモンとして知られるアンドロゲンを材料にエストロゲンを合成している。
アロマターゼ阻害薬はそれを止める薬であるため、体内におけるエストロゲン合成は完全に止まってしまうことになる。
タモキシフェンでは関節痛は起きにくい
先述の通り、関節痛や手のこわばりといった症状はエストロゲンの量がポイントになる。
タモキシフェンは、エストロゲンの代わりにエストロゲン受容体に結合することでその働きを妨害する薬(選択的エストロゲン受容体モジュレーター: SERM)であるため、体内のエストロゲン量自体は変化しない。
また、タモキシフェンの特徴として、部位によってエストロゲンの働きを邪魔する場合もあればエストロゲンのような働きをする場合もあり、関節においてはエストロゲンを邪魔しているわけではないと考えられている。
タモキシフェンは
- 乳房ではエストロゲンの作用を妨害
- 骨ではエストロゲンの作用を増強
という具合に組織によって働きが変わる。
そのため、関節においてアロマターゼ阻害薬のような明確な副作用は生じにくい。
関節痛や手のこわばりは乳がん治療に関わらず更年期症状の1つとして生じ得る症状であり、乳癌の好発年齢が40歳前後という更年期であることからも、タモキシフェンを服用していて関節痛を感じている方は必ずしも薬剤性ではない可能性も想定しておいた方が良いだろう。
アロマターゼ阻害薬における関節痛の頻度と対策
アロマターゼ阻害薬の添付文書上、関節痛が生じる頻度は、
- アナストロゾール(アリミデックス):1.07%(筋骨格系の副作用全体では1.67%)
- レトロゾール(フェマーラ):2.8%
- エキセメスタン(アロマシン):1.9%
とされているが、大規模試験の結果では20%前後の患者さんで関節症状が出現しており、50%近い患者さんが関節痛を訴えたという報告もあるため、実際にはかなり高頻度な副作用である。
一般的には服用を始めてから2~3カ月以内に起こり、ホルモン療法を継続している間は症状が消失することは殆どないとされる。
アロマターゼ阻害薬による関節痛への対処法
1 痛みに対する対症療法
ロキソニンなどの非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノアミノフェンが一般的によく使用される。
多くの患者さんで有効だったとする報告があり痛みの軽減には効果があるが、痛みを根本から取り除くことはできないため、個人差により関節痛は持続することになる。
2 他のホルモン治療薬に変更
痛み止めで対応しきれない場合は、現在服用しているアロマターゼ阻害薬を他のアロマターゼ阻害薬かタモキシフェンへ変更するというのも有効である。
実際に、副作用のためアナストロゾールの服用が中止となってしまった患者さんの薬をにレトロゾールに変更することで、71.5%の患者さんが服用を継続できたとする報告1Effect of a switch of aromatase inhibitors on musculoskeletal symptoms in postmenopausal women with hormone―receptor―positive breast cancer:the ATOLL(articular tolerance of letrozole)study.もある。
3 有酸素運動+筋トレ
運動は抗がん剤治療の様々な副作用軽減に有効であることが示されている。
アロマターゼ阻害薬による関節痛に対しては、週150分以上の有酸素運動と週2回の筋トレを行うことで、痛みの最大値が29%減少したことがランダム化比較試験2Randomized exercise trial of aromatase inhibitor-induced arthralgia in breast cancer survivorsにより示されている。(比較対象である運動しなかった人は痛みの最大値が3%増加した)
運動習慣の有効性を示したこの研究は、
- 有酸素運動をする時間が週に90分未満
- 筋トレをしていない、
という普段、運動習慣のない方々を対象にその有効性を明らかにした。
この他にも、日常的な運動習慣は、乳がんを含む様々ながんのリスクを下げることが明らかにされている。
さらには、乳がんにおいては肥満が再発リスクを高めるため、現在運動習慣のない方は日常生活で積極的に動くことを意識するべきだろう。
4 鍼治療
鍼治療についてもアロマターゼ阻害薬による関節痛への有効性が報告されている3Effect of Acupuncture vs Sham Acupuncture or Waitlist Control on Joint Pain Related to Aromatase Inhibitors Among Women With Early-Stage Breast Cancer: A Randomized Clinical Trial。
しかしながら、統計学的に有意な効果があっても実際の症状の改善はごく僅かであったという報告もあり、実際にどこまで効果があるのかは未知数と言える。
まとめ
乳がんホルモン療法の副作用としての関節痛(ばね指、肩や節々の痛み)は、アロマターゼ阻害薬の服用により高頻度で生じる。
対策としては、NSAIDs(痛み止め)の服用や積極的な運動が挙げられ、アロマターゼ阻害薬からタモキシフェンへの変更も有効な手段の1つである。