がんゲノム医療についてご存知だろうか。
ゲノムというのは、生物として成立するために必要な遺伝子1セットという意味の言葉だが、がんゲノム医療というのは、がんに関連する遺伝子を大規模に調べ、その結果に基づく医療を実施しようというものだ。
最近、Precision medicine(プレシジョンメディシン:精密医療)という言葉が流行っているが、それを日本の医療政策に落とし込んだものと言える。
政府の肝いりで推進されており、2018年の4月からの始動が現実的になってきた。
今回は、固まってきた本邦におけるがんゲノム医療の全体像についてまとめたい。
3/27に発表されたがんゲノム医療連携病院の一覧についてupdateしました。
当記事から1年経過し、実際に保険診療となった2019年現在の状況を下記記事にて追加しています。
目次
がんゲノム医療
がんは多かれ少なかれ、どこかの遺伝子に傷(変異)が入っており、それを標的とした治療の開発が近年急速に進んでいる。
いわゆる分子標的薬と呼ばれる薬であり、ピンポイントで決まった分子にのみ作用する薬だ。
限られた分子にしか作用しないため、その分子に異常がある人には効くが、異常が無い人には効かない。
がんの難しいところは、同じがん種でも必ず同じ遺伝子に同じ異常があるわけではないし、がん種が違っても同じ異常を持つことがあるため、画一的な方法では治療が困難なところだ。
例えば、胃癌でもHER2が陽性の人もいれば陰性の人もいるし、HER2は乳癌でも陽性の人がいる。
HER2が陽性だとハーセプチンという分子標的薬が有効であり、HER2さえ陽性であれば胃癌にも乳癌にも効果を示すと考えられる。
HER2について詳しくはこちら。
このようにがんの種類を跨いで有効性を示す薬が増えてきており、従来の臓器別の薬の運用では患者にとって最適な薬の選択などが非効率になってきている。
また、がんと診断された時点で転移が多発しているため原発巣が不明ながん患者や、データが少ない希少がん患者などの場合は治療法の選択が難しい。
そこで、患者の遺伝子を幅広く調べて、遺伝情報に基づいた各個人に最適な治療の実施を目指すのががんゲノム医療だ。
さらに、解析された遺伝情報はデータベース化することで、新しい治療法や診断法の開発にも応用することが計画されている。
実施医療機関
がんゲノム医療中核拠点病院
がんゲノム医療を推進するエンジン役を担うのががんゲノム医療中核拠点病院だ。
大規模な遺伝子検査を高精度に実施できる体制が整っているのか、究極の個人情報とも言える遺伝情報をきちんと取り扱う体制や遺伝カウンセリングの体制が整っているのか、等の観点から11の医療機関が選定された。
- 北海道大学病院
- 東北大学病院
- 国立がん研究センター東病院
- 慶應義塾大学病院
- 東京大学医学部附属病院
- 国立がん研究センター中央病院
- 名古屋大学医学部附属病院
- 京都大学医学部附属病院
- 大阪大学医学部附属病院
- 岡山大学病院
- 九州大学病院
日本全体に均一ながんゲノム医療を届けるために全国を網羅した形だが、東京だけで3ヶ所も選ばれている一方、北陸地方は1ヶ所も選ばれておらず、若干の偏りを感じる。
ただ、患者さんからの検体採取や治療などの実務については、これから選定されるがんゲノム医療連携病院と共同で行われるので、北陸地方の方や上記病院が近くにない方は連携病院の選定の行方を注視されると良いだろう。
がんゲノム医療連携病院
3月末には、がんゲノム医療連携病院も決定するようなので決まり次第アップデートしたい。
3/27に厚労省からがんゲノム医療連携病院の一覧が発表された。
リストは以下のリンク先のPDFをご覧あれ。
(厚労省のHPへ飛びます)
後日、リストについて整理する予定。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000199651.pdf
全部で100施設が選ばれた。
懸念されていた北陸地方は、新潟大学病院が東北大学病院や慶應大学病院と、福井大学病院が名古屋大学病院といった具合に、各県漏れなく連携するようだ。
一方で、岩手、群馬、熊本、大分、沖縄の5県については連携病院が選ばれなかった模様。
ただ、今後半年ごとに追加応募を受け付けるようなので、今後上記5県にも連携病院ができる可能性はある。
がん遺伝子パネル検査
がんゲノム医療の本丸とも言える遺伝子検査として、国立がんセンター中央病院が開発した遺伝子パネル検査も先進医療に指定されることが決まった。
先進医療に指定された治療や検査は保険が使えないものの、通常の保険診療と同時に実施することが認められており、いわゆる混合診療が可能になる。
どのように行うのか
がん組織と血液を採取し、そこから抽出した遺伝子(DNA)を用いてがんに関連した114個の遺伝子の変異について調べる。
この検査の患者登録期間は1年を予定しており、205-350人の患者検体の解析を予定しているようだ。
検査の対象となる人
16歳以上で全身状態が良好(ECOGパフォーマンスステータスが0または1)でかつ、以下のいずれかの条件を満たす人。
- 外科的切除が不能または再発した原発不明がん患者。
- 標準治療がない、または標準治療をやりきってしまっている、もしくは標準治療が終わる見込みの固形がん患者。
費用
患者負担は47万円前後となる模様。
実際の効果
国立がんセンターがこれまで進めてきたがん遺伝子パネル検査の臨床研究データによれば、約60%程度の人で薬剤選択に有用な遺伝子変異が見つかっている。
しかし、見つかった遺伝子変異に適合する薬がまだ少ないため、実際に適合する治療薬が投与された患者は17%程度にとどまっているようだ。
もしこの検査を希望される場合は、高額な検査だが必ず遺伝子の異常が見つかるわけではないこと、現状ではこの検査を受けても治療法が劇的に変わる可能性は低いこと、を踏まえた上で検討されると良いかと思う。
ただ、将来的には遺伝子検査による最適な治療の選択が主流になっていくことは間違いなく、薬の開発も日進月歩だ。
個人的にはこれからの進展をとても期待している。