抗がん剤治療においては様々な副作用が生じるが、特に脱毛は外見上に大きな影響を及ぼす副作用だ。
脱毛を喜ぶ人は殆どおらず(ごく稀にお見掛けするが)、多くの患者さんにとって生活の質(QOL)を低下させる出来事と言える。
とりわけ、脱毛が必発である抗がん剤の使用が標準治療となっている上に、女性が多数を占める乳がんの患者さんではこの問題についての関心は高いだろう。
以前、ホルモン療法による脱毛や薄毛の記事を書いた際に抗がん剤による脱毛の特徴についても触れたが、化学療法終了から5年経っても毛髪の回復度が十分ではなくウイッグから離脱できない人が一定数存在することが明らかにされており、再発毛を促進する有効な方法の確立は多くの患者さんから望まれている。
近年、乳がん患者さんを中心に、抗がん剤中も使えるCG428という植物性のローションが話題になっている。
メーカーの紹介ページには発毛や育毛という単語は並んではいないが、販売店やSNSの口コミを中心にそれらを期待させる体験談が語られており、その効果のほどは抗がん剤治療を経験した方であれば誰しも気になるところだろう。
今回は、抗がん剤後の脱毛に対するCG428の効果にどのくらい科学的根拠があるのか調べてみた。
目次
抗がん剤による脱毛へのCG428の効果はどのくらい証明されているのか
そもそもCG428って何?
4つの植物(カカオ、ガラナ、タマネギ、レモン)由来の成分を含むヘアケア用のローションとのこと。
メーカーの紹介ページでは“髪の毛と頭皮をサポートする”や“髪の毛の回復を助ける”と表現されており、抗がん剤治療中からも使えるという触れ込みで販売されている。
1本80mlで税込¥7700となかなかのお値段。
アメリカ国立がん研究所における薬物辞典でどのように紹介されているか
さて、まずは、利益が絡まない第三者的見地(メーカーやその販売に携わる代理店以外)からCG428がどのように紹介されているのかを見ていきたいと思う。
世界のがん研究の中心とも言えるアメリカ国立がん研究所(NCI)では様々な薬剤がデータベース登録されているが、そこにはCG428も登録されており以下のように紹介されている(一部抜粋)。
botanical lotion CG4281botanical lotion CG428
Upon administration to the scalp, botanical lotion CG428 may normalize the apoptotic process of hair follicular cells and reduce inflammation in the scalp. This may reverse CIA, restore the natural hair cycle, improve hair regrowth, and improve the psychosocial well-being of the affected patient.
意訳:頭皮に塗布すると、CG428は毛包細胞のアポトーシス(生命を維持するために積極的に起こる細胞死)を正常化および頭皮の炎症を軽減するかもしれない。これは、抗がん剤によって引き起こされる脱毛症を元に戻し、自然な発毛サイクルを回復させ、毛髪の再成長を改善し、患者の心理的な幸福感を改善するかもしれない。
以上のように、may(効くか効かないかはほぼ半々)という表現を使って説明されているわけだが、このことからわかることは、少なくともNCI上にこのデータが登録された時点において、発毛サイクルを回復させ、毛髪の再成長を促すという最もCG428に期待している効果は強いエビデンスを持って証明されていないということを示している。
実際のところ、がん患者を対象とした研究はどのくらい論文報告されているのか
pubmed(世界最大級の論文検索エンジン)で検索すると、2019年に1つだけ報告されている。
予想以上に数が少なくちょっと拍子抜けしたため、販売元のページを見てみると、
CG428の科学的データは下記学会において発表されました
と記載されており、実際のところ、学会発表が多く殆ど論文報告がなされていないようだ。
また、販売元では臨床試験のようなデータも記載されているが、こちらも詳細は見つけられず論文として公表はされていない模様。
極端なことを言えば、よほど酷くなければ学会発表は誰でも可能であり、データの信頼性や価値を担保するものではない。科学データは論文発表して初めてコミュニティ内でしっかりと評価されるわけで、学会発表しているのに論文発表しない理由がよくわからない。
気を取り直して日本での臨床試験の状況を検索すると、ある大学病院で臨床試験が実施されていたようだが、既に終了している模様。
こちらについても2020年現在まだ論文報告はされていないようだが、いずれ発表されるものと思われる。
ここまでをまとめると、CG428はその有効性について論文としては殆ど報告されておらず、その効果を科学的に推定・評価することがなかなか難しい状況と言えるだろう。
乳癌患者を対象に行われたCG428を使った臨床試験の成果
上述の見つけられた唯一の論文報告2Impact of a topical lotion, CG428, on permanent chemotherapy-induced alopecia in breast cancer survivors: a pilot randomized double-blind controlled clinical trial (VOLUME RCT)は、乳がんサバイバーを対象とした研究だった。
概要を簡単にまとめると以下のようになる。
- 2019年に韓国のグループから発表された二重盲検ランダム化比較試験
- 被験者は、抗がん剤後平均3.5年経過しているにも関わらず発毛不良部位がある乳がんサバイバー(35人)
- CG428または偽薬を1日2回、6ヶ月間患者さん自身に頭皮へ塗布してもらう(+頭皮マッサージ)
- 塗布開始から3ヶ月後と6か月後に毛髪の密度と太さの変化を評価
- 6ヶ月後ではさらに患者さん自身による毛髪の改善度合いの感覚的評価を実施
さて肝心の6ヶ月後の結果だが、
- 下図のような尺度に基づく患者さん自身による評価では、CG428を使用した人では偽薬を使用した人よりも約0.5-1点高く評価
- 毛髪密度の上昇率: 34.7% up(CG428) vs 24.9% up (偽薬)
- 毛髪の太さの上昇率: 19.8% up (CG428)vs 35.6% up (偽薬)
- CG428の使用による重大な副作用は無し
であり、毛髪密度の改善傾向はあったが、いずれも統計学的には有意な変化ではなかった。
これだけ見ると、CG428を使っても使わなくてもそれほど大きな差はないという感を受けなくもないが、被験者の人数が少なかったことに加えて被験者背景に下記のような差があったようだ。
- CG428を使用した人の方が偽薬を使用した人よりも高齢(52.1歳 vs 41.6歳)
- CG428を使用した人は偽薬の人より試験開始時の毛髪密度が低かった(97.6 hairs/cm2 vs 126.8 hairs/cm2)
期せずしてCG428を使用した被験者群では効果を評価する上で不利となる偏りが生じてしまった結果、CG428の効果が検出しにくく、なんともスッキリしない結果となっている。
個人的に気になった点は、CG428群に大きく劣らないレベルで偽薬でも毛髪の改善が生じていたこと。もちろん被験者背景の違いがあるわけだが、それを踏まえてもなかなかの効果のように感じた。この試験では、CG428の被験者も偽薬の被験者も1日2回頭皮マッサージをしており、効果のベースはマッサージによるところも大きい気がする。たかがマッサージ、されどマッサージかもしれない。
まとめと個人的な見解
まとめ
現時点(2020年現在)では、CG428が抗がん剤後の再発毛に明確な有効性を示す研究、少なくとも論文についてはほぼ存在せず、科学的根拠はとても弱いと言わざるを得ない。
個人的な見解
上記の論文を読む限り、CG428を使っても使わなくてもそれほど大きな差はないような印象を受ける旨を先ほど書いた。
実際のところ、論文中では使用3ヵ月時点での結果も記載されているが、6ヵ月で増加傾向が認められた毛髪密度の上昇率に関して3ヵ月の時点では偽薬と差がなかった。
つまり、CG428は短期間に再発毛を促すような強い発毛促進効果を持つ薬剤ではなく、自然な再発毛を穏和に促すものなのだろう。
メーカーのページで紹介されていた“髪の毛と頭皮をサポートする”や“髪の毛の回復を助ける”というのはまさに言い得て妙なのかもしれない。
ただ、裏を返せば、CG428で毛髪が増える人は遅かれ早かれ自然に毛髪が戻る可能性が高いと考えられ、個人的には再発毛するまでの時間が短縮されないのであればCG428を使うメリットはあまりない気がした。
一方、抗がん剤治療後に再発毛するまでの期間を短縮するエビデンスがある薬剤としてはミノキシジルが頭に浮かぶ。
実際のところ、CG428とミノキシジルのどちらが患者さんのQOLの改善に有効なのか興味のあるところだ。
ちなみに、抗がん剤治療後の脱毛に対するミノキシジルの効果については下記記事内で紹介しているので気になる方はご参考まで。