がん基礎知識

がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査の現状 2019

がんゲノム医療は、個人の遺伝子を解析し、その異常に最適な治療薬を選択する精密医療だ。

従来のがんの種類ごとの治療ではなく、個人ごとに最適化した治療の実現が期待でき、まさにがん治療のパラダイムシフト(革命)といえる。

昨年、がんゲノム医療を実際に行う中核拠点病院と連携病院が決定し、がん遺伝子のパネル検査が先進医療として指定された、ということをご紹介した。

あれから1年半経過し、一部のパネル検査は2019年6月に保険適用され、いよいよ実地臨床で検査が始まっている。

がんゲノム医療とパネル検査の現状についてご紹介したい。

国立がん研究センターが実施中のパネル検査(臨床研究)における医薬品無償提供企業を追加しました(2020年3月)

*当記事では2019年時点での状況を解説しているので、がんゲノム医療の基本や中核拠点病院、連携病院については、先に下記まとめをご一読頂いた方がわかりやすいかと思います。

がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査まとめ update版がんゲノム医療についてご存知だろうか。 ゲノムというのは、生物として成立するために必要な遺伝子1セットという意味の言葉だが、がんゲ...

 

目次

がんゲノム医療拠点病院の新設

がんゲノム医療を提供する病院として昨年指定された、中核拠点病院11か所、連携病院156か所(2019年11月現在)に加えて2019年9月に新たにがんゲノム医療拠点病院が追加された。

がんゲノム拠点病院とは

がん遺伝子パネル検査の保険適用により患者さんの増加が見込まれ、昨年指定された11か所の中核拠点病院だけでは対応が難しくなる可能性があるため、それに対応する目的で新設された。

中核拠点病院と連携病院の間に位置づけられ、”拠点病院”という名称ではあるものの、より上位に位置する中核拠点病院なみの医療提供体制が求められている。

遺伝子解析結果の医学的解釈を行い、各患者に適した治療法を検討する専門家会議(エキスパートパネル)を自施設内に有するというのが特徴の1つ。

連携病院はエキスパートパネルを持たず、がんゲノム医療を実施する上では中核拠点病院等と連携する必要があるが、拠点病院は中核拠点病院と同じく自施設でエキスパートパネルを有するため単独でがんゲノム医療を完結することが可能だ。

小児がんへの対応や全国に均一ながんゲノム医療を展開するための地域性を加味した上で2019年9月に以下の34施設が指定された。

以下、施設一覧。

都道府県 施設名
北海道 北海道がんセンター
青森 弘前大学医学部附属病院
山形 山形大学医学部附属病院
茨城 筑波大学附属病院
埼玉 埼玉県立がんセンター
埼玉医科大学国際医療センター
千葉 千葉県がんセンター
東京 がん研究会有明病院
東京都立駒込病院
東京医科歯科大学医学部附属病院
国立成育医療研究センター
神奈川 神奈川県立がんセンター
東海大学医学部付属病院
聖マリアンナ医科大学病院
新潟 新潟大学医歯学総合病院
長野 信州大学医学部附属病院
富山 富山大学附属病院
石川 金沢大学附属病院
静岡 静岡県立静岡がんセンター
愛知 愛知県がんセンター
三重 三重大学医学部附属病院
大阪 大阪国際がんセンター
近畿大学病院
大阪市立総合医療センター
兵庫 兵庫県立がんセンター
神戸大学医学部附属病院
兵庫医科大学病院
広島 広島大学病院
香川 香川大学医学部附属病院
愛媛 四国がんセンター
福岡 久留米大学病院
九州がんセンター
長崎 長崎大学病院
鹿児島 鹿児島大学病院

 

保険診療で受けられるがんゲノム検査

現在、保険診療と組み合わせて実施可能ながん遺伝子パネル検査は、

  • NCCオンコパネル
  • FoundationOne CDx
  • 東大オンコパネル
  • Oncomine Target Testシステム

の計4つ。

このうち、NCC オンコパネルとFoundationOne CDxの2つが保険適用されており、残りの2つは先進医療として実施されている。

NCCオンコパネル

国立がん研究センターとシスメックスが共同で開発したシステムであり、日本人のがんで多く変異が認められる遺伝子114個を対象に解析を行う。

この検査では、遺伝子変異が生まれつき持っている物なのか、はたまたがん細胞だけで起こっている物なのかを判断できることや、オプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害剤の有効性を予測する上で鍵となる腫瘍変異負荷の評価などができるため様々な情報を得ることができる。

昨年紹介したように先進医療としての実績があり、既に300人以上の患者さんが検査を受け、その有用性が認められ保険収載に至っている。

FoundationOne CDx

製薬メーカーであるロシュグループが開発した方法であり、日本では中外製薬が担当する。

324個の遺伝子を解析対象とし、上述の遺伝子変異量に加えて変異が生じやすい繰り返し配列(マイクロサテライト)の不安定性も判断できる。

この検査の特徴は、特定のがん(非小細胞肺がん、悪性黒色腫、乳がん、大腸がん、卵巣がん、固形がん)の患者さんに対して特定の薬剤が使えるか否かを判断するために行う検査(コンパニオン診断)としても保険適用されている点だ。

そのため、薬剤選択の過程で耳にする方も多いだろう。

パネル検査の対象となる人

保険適用されているどちらの遺伝子検査も保険適用になるのは1人1回のみであり、

  • 固形がん
  • 標準治療がない
  • 標準治療が終了した又は終了見込み
  • 検査後に治療適応となり得る全身状態

以上の条件を満たす患者さんが対象。

検査にかかる金額

保険点数は5万6000点(56万円)

ここに各自の負担割合をかけた金額を患者さんが支払うことになる。

3割負担の方の場合、16.8万円となり、健保の高額療養費制度を利用すると実質的な負担はさらに下がることになる。

その他、検体準備などの費用が別途必要。

 

がんゲノム医療の問題点

遺伝子を網羅的に解析するパネル検査が保険適用になり、がんゲノム医療が急激に前進するかというとそうは問屋が卸さない。

一つの障害であった検査にかかる高額な自己負担金額は大幅に軽減されたが、検査後にいまだ大きな問題が残されている。

がんゲノム医療を阻む治療薬の適応外使用問題

検査を受けて最適な治療薬候補が見つかったとして、その薬剤が当該患者さんの罹患されているがんに適応がなかった場合、その薬剤は適応外使用となる。

現在の日本の制度では疾患別に薬剤の適応が決まっており、遺伝子変異から有効だと予想されたとしても、適応外の場合保険診療としてそれを使用することはできず、自費診療となってしまう。

がん治療における自費診療と保険診療のモデルケース

実際にがん治療を受けておられる方でないとなかなか具体的なイメージをしにくいと思うので、国立がん研究センターの出しているモデルケースを紹介しておく。

未承認薬を用いた場合の、患者さん自らが支払う医療費(モデルケース)|国立がん研究センター

乳がん等の治療に用いられるオラパリブという薬剤を1か月使用するという前提の試算で、

  • 自費診療:約120万円
  • 保険診療(高額療養費併用):約9万円

とされている。

パネル検査を受けて効果的だと予想される治療薬が見つかってもおいそれと使うことことができないことがおわかりになるだろう。

国立がん研究センターの取り組み

上述のように有効だと予想される候補薬が見つかっても法外な値段のため実際に使用できなければ医療としては意味がない。

この問題の解決を目指して国立がん研究センターでは、製薬企業に薬剤の無償提供を依頼すると共に患者申出療養制度を用いた臨床研究という形で治療への道筋をつける取り組みを始めている。1がん遺伝子パネル検査後の新たな治療選択肢 適応外使用を患者申出療養制度のもと多施設共同研究として実施

患者申出療養とは、簡単に言えば、本来の適応とは違う疾患に承認薬を使用する(適応外使用)ことや未承認薬を使用することを保険診療と並行して行えるようにするための制度だ。

審査により認められれば、薬剤については実費が必要だが、それ以外の医療費については保険診療が可能となる。

つまり使用する薬剤が無償提供されれば、患者さんは莫大な治療費負担の心配をすることなく治療を受けることが可能となる。

この臨床研究の対象となる患者さんと薬剤及び費用
  • パネル検査後の候補薬が保険診療や治験、先進医療の対象とはならない患者さん
  • 国立がん研究センターの場合、別途研究費約40万円の自己負担が必要