“日常的に運動する習慣やバランスの良い食事は健康に良い”というのは皆さん十分ご存知なことだと思うが、案外漠然としており、具体的にどう良いのかイメージできない方も多いのではないだろうか。
最近、アメリカでは健康的なライフスタイルはがん治療の一環であるという機運が高まりつつあり、今後日本にもその流れは波及するだろう。
今回は、がんの予防のお話から始まり、もし大腸がんと診断されたら、食事のバランスや積極的な運動習慣を取り入れた生活を送ると病院での治療効果に加えてさらに良い効果があるよ、というお話を論文データを交えつつご紹介したいと思う。
目次
そもそもがんは予防できるのか?
がんは基本的に遺伝子に生じたイレギュラーな異常により生じる病気だ。
生まれつきによる遺伝性のがんも存在するが、圧倒的大多数は偶然遺伝子に生じた異常が原因となる。
たまたまが主たる要因ということは誰しもががんになる可能性があり、何かを食べたからがんになったとか、何か悪いことをしたからがんになったというものではない。
ランダムに生じるという点で防ぐのが難しい病気であり、現時点で完全に予防する術はないと言える。
現在健康な人における健康的な生活の意義
その一方で、ある種のがんにおいて食事に気を配り運動を積極的に行ういわゆる健康的なライフスタイルががんを発症するリスクを下げることは科学的に証明されている事実である。
“リスクを下げる”というのはなかなか難しい表現で、健康に気を配った生活はがんを患う確率を下げるが、その生活をすれば必ず予防できるというわけではない、という悩ましい現実を物語っている。
がんを確実に防げないならやる意味はない?
確実に予防ができないならば、色々面倒だしワイは好きなことを好きなようにするんじゃい、という向きもいらっしゃるだろう。
しかし、世の中に存在する病気はがんだけではなく、糖尿病や心血管疾患などのような生活習慣に影響を受ける病気があるわけで、がんのリスクを下げつつそれらの疾患の予防もできるという点で医療者としては健康的なライフスタイルを圧倒的にお勧めせざるを得ない。
がんサバイバーにおける健康的な生活の意義
さて、上記は現在健康な方を念頭においた話なわけだが、がんサバイバーの場合どうだろうか。
実のところ、がん予防に関する生活スタイルの研究に比べて、がんと診断された後(または初期治療終了後)にどのような生活スタイルが望ましいのかについての研究は多くはなく、今まさに知見を積み上げている段階だ。
現在、日本においてまとまった提言はなされていないが、一歩先行くアメリカでは、アメリカがん協会(以下、ACS)からがんサバイバーに向けた栄養と運動のガイドラインが発行されており、日本人にも参考になる情報が多いとして国立がん研究センターが運営するがん情報サービスでも紹介されている。
ACSによるがんサバイバー向け栄養と運動のガイドラインの内容
以下、ACSにて公開されている要約の日本語訳(注 中の人(私)による訳)。
1. 健康的な体重の維持
体重過剰な方や肥満の方は高カロリーな食べ物や飲み物を制限し、身体活動(運動)を増やして体重の減少(適正なBMIを維持できるよう)に努めましょう。
2. 日常的な運動
がんと診断された後や治療後、活動しないという状況を避け、可能な限り早く日常的な活動を再開しましょう。
少なくとも週に150分間の運動をしましょう(運動強度は中等度)。運動強度が高い場合は75分でも良いですし、両方を組み合わせてもOK。その際、少なくとも週に2日は筋トレしましょう。
*中等度とは、話はできるけど歌えないくらいの運動強度
→ウォーキング(速歩き)やバレーボールなど
高強度とは、話はできないけど数単語発することはできるくらいの運動強度
→ランニングやエアロビクスなど
3. 野菜や果物、全粒穀物を多く含む食事
食事の内容を野菜や果物、全粒穀物(玄米やオートミールなど)を豊富に含むものにしましょう。
アルコールは女性であれば1日1杯、 男性であれば1日2杯までにしましょう。
*ここでいう1杯はアルコール量でいうと15g前後なので、大体350mlビール1本に相当。
紹介する文献
Association of Survival With Adherence to the American Cancer Society Nutrition and Physical Activity Guidelines for Cancer Survivors After Colon Cancer Diagnosis
The CALGB 89803/Alliance Trial
JAMA Oncol. 2018 Jun; 4(6): 783–790.
ここで紹介する研究は、大腸がん患者さんを対象に行ったものであり、ACSが発行するがんサバイバー向けの栄養と運動ガイドラインに沿ったライフスタイルと患者さんの予後との関係について調べている。
研究の内容
対象
ステージ3の大腸がん(結腸がん)患者さん
992名( 男性562名、女性430名)
追跡期間中央値は7年
生活スタイルがACSガイドラインに沿っている人vsそうではない人
ACSガイドラインと一致度の高い生活スタイルの人は、一致度の低い人に比べて、
- 死亡リスクが42%低い。
- がんの再発やなんらかの病気で死亡するリスクは31%低い
さらに、アルコールの摂取習慣を加味して解析すると、一致度の高い人は、
- 死亡リスクが51%低い
- がんの再発やなんらかの病気で死亡するリスクは42%低い
- がんの再発リスクが36%低い
というようにさらに差が開く結果となった。
以上の結果は、 ステージ3の大腸がんを経験された方は食生活や運動に気を付けると死亡リスクが下がる、ということはご理解頂けると思うが、 いまいちピンとこない方も多いかもしれない。
健康的な生活スタイルが大腸がんの患者さんにもたらす予防効果
そこで、もう少しイメージしやすい指標で計算すると、ガイドラインと一致度の高い生活をしている患者さんが5年間生存されている割合(5年生存率)は約85%、一致度が低い患者さんでは約76%と見積もられており、 これまで一致度の低かった患者さんが5年間生活習慣に気を付けると生存率は概ね9%上がることが期待できると言える。
すなわち、 100人の大腸がん患者さんがいたとすると健康的なライフスタイルを実践することで元来の76人に加えて、 新たに約9人の人が死を免れるという効果を得られるということになる。
まとめ
健康的な体重を維持し、食事や運動習慣に配慮した生活スタイルは、大腸がん患者さんの予後を改善する。