乳がん患者さん全体のうち、約70%の方はホルモン受容体陽性であり、このような方々に対して手術後の治療の第一選択としてホルモン療法が選択される。
タモキシフェンは、乳がんの患者さんのホルモン療法で用いられるキードラッグであり、閉経前のホルモン受容体陽性の乳がん患者さんであれば必ず使用している薬剤だ。
今回はタモキシフェンが体の中でどのように働いているかについて、図を用いて解説したいと思う。
病院のパンフレットなどでも基本的な原理についての説明はあると思うが、それらよりも詳しい内容となる。
また、現行のタモキシフェンの量では日本人患者の多くに効果が低いのではないか、という議論が長年あったが、国立がん研究センターよりその問題に決着をつける研究結果が報告されたので、合わせてご紹介する。
今服用されている方や服用を予定されている方の理解の一助になれば幸いだ。
タモキシフェンを含むホルモン療法の副作用対策については以下も参考にどうぞ。
目次
肝臓におけるタモキシフェンの活性化
錠剤として飲んだタモキシフェンは小腸から吸収され、肝臓へと運ばれる。
肝臓にはCYP2D6という様々な薬剤の代謝を担う酵素が存在しており、タモキシフェンはこの酵素により形を変換される(図1参照)。
図1
具体的には、タモキシフェンから
- エンドキシフェン
- 4-OHタモキシフェン
という主に2つの分子へと変えられる。
この2つの分子は、タモキシフェンよりも30~100倍程度エストロゲンの働きを防ぐ作用が強く、体内におけるタモキシフェンの治療効果の実態はこれらの薬剤によると考えられている。
変換されたタモキシフェンが乳がん細胞で働く仕組み
肝臓でCYP2D6により変換されたエンドキシフェンや4-OHタモキシフェンは血中を漂い、乳がん細胞へと移動していく。
エストロゲンはホルモン受容体陽性乳がんが増えるためのアクセル
乳がん細胞では、いわゆる女性ホルモンであるエストロゲンが、パートナーとなるタンパク質であるエストロゲン受容体と結合することでがんのアクセルとして機能している(図2参照)。
具体的に言えば、エストロゲンと結合したエストロゲン受容体は遺伝子であるDNAと結合できるようになり、がんの増殖に関わる遺伝子を発現させ、がんの増殖に必要なタンパク質を次々と作り出していく。
図2
タモキシフェンがエストロゲンの働きを妨げる原理
エンドキシフェンや4-OHタモキシフェンはエストロゲンと似た形をしており、両者はエストロゲン受容体の同じ領域に結合することができる。
すなわち、1つのイス(エストロゲン受容体)を巡るエストロゲンとエンドキシフェンなどのイス取りゲームが展開されることになる(図3参照)。
図3
エンドキシフェンなどがエストロゲン受容体に結合すると、エストロゲンは受容体に結合できないため、乳がんのアクセルとして働くことができなくなる。
その結果、がん細胞は増える事が出来なくなるわけだ。
タモキシフェンを毎日服用しなければならない理由
上述したように、タモキシフェンがエストロゲンの働きを邪魔する働きは、イス取りゲームである。
つまり、イス(エストロゲン受容体)の数が決まっている場合、敵(エストロゲン)よりも味方(エンドキシフェンや4-OHタモキシフェン)の数が圧倒的に多ければ、イスを占拠できる確率はグッと高くなる。
タモキシフェンは1日1回、毎日服用するが、これはイス取りゲームに常に勝てるように一定量以上のエンドキシフェンや4-OHタモキシフェンを体内で維持するために服用していると言える。
CYP2D6が働きの強さに人種差や個人差がある
図1で説明したように、エンドキシフェンや4-OHタモキシフェンを体内で作り出すのはCYP2D6の働きなのだが、ここに1つ問題があった(図4参照)。
それは、CYP2D6の機能には人種差や個人差存在し、日本人の約70%の人は働きが弱いタイプであるという点だ。
図4
CYP2D6の働きが弱いということは、体内で作られるエンドキシフェンや4-OHタモキシフェンの量も少なくなる。
このことから、
- CYP2D6の機能の強さが治療効果に影響するのではないか
- 個人のCYP2D6の働きに応じて服用するタモキシフェンの量を調整したほうが良いのではないか
という議論が長年なされてきた。
この問題の答えが、2020年の3月に国立がん研究センターを中心としたグループから報告された1CYP2D6 Genotype–Guided Tamoxifen Dosing in Hormone Receptor–Positive Metastatic Breast Cancer (TARGET-1): A Randomized, Open-Label, Phase II Study。
この研究では、CYP2D6の働きが弱いホルモン受容体陽性の乳がん患者さん(136人)に対して、
- 66人の人に現行量のタモキシフェン(20mg)
- 70人の人に2倍量のタモキシフェン(40mg)
を服用してもらい、6ヵ月経過した時点で乳がんが悪化しているか否かで評価した。
結論を言えば、
CYP2D6の働きが弱い人に対して今の2倍量のタモキシフェンを服用してもらっても乳がんが悪化する割合は現行の量の場合と変わらない
ということが明らかとなった。
つまり、CYP2D6の働きが弱いタイプの人でも今のタモキシフェン量で治療効果はきちんと得られており、現行の治療で不利益を受けているわけでないと言える。
まとめ
- タモキシフェンは肝臓でCYP2D6によって、より効果の高い物質へ変換されている。
- タモキシフェンは乳がん細胞内でエストロゲンのパートナーを奪うことでエストロゲンががんのアクセルとして働かないようにしている。
- CYP2D6の機能には個人差があるが、機能が低いタイプの人でも現在のタモキシフェン治療で不利益を受けているわけではない。